映画「ビリギャル」を観て感じた、大学合格がゴールになりがちな受験制度

こんにちは、キャリアアドバイザーの白木賀南子です。

今日たまたま、「ビリギャル」の映画を観ました。もともとの本のタイトルの通り、「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」です。主演が、有村架純ちゃんだということを初めて知り、主人公のギャルのことを「クズ」呼ばわりするすごーくダメな担任の先生役が私の大好きなTEAM NACSの安田 顕さんでした♡

私はめちゃくちゃ涙もろいので、我が子のために頑張るお母さんの気持ちになっては泣き、不器用なお父さんの気持ちになっては泣き、生徒の可能性を信じる塾の先生の気持ちになって泣き、可能性を信じてもらえない主人公の気持ちになってもちろん泣きました。

最初から結論=合格することはわかっているのですが、その過程で家族のドラマ、学校の先生の妨害、塾の先生の熱い気持ち、一緒に勉強する学生仲間との絆、応援してくれる友達との友情、などたくさんの人間関係が出てきて、総じて観てよかった!良い映画だったな~と思いました。

15年経っても大学受験の仕組みは変わってない

ただ、すごーく自分と重ねてみてしまったのが、受験勉強の大変さ・・・

私が受験したのなんてもうかれこれ15年以上前の話しですが、全然変わってないんだな~と思いがっかりというか、子どもたちが可愛そうというか。

学校とは別に塾に行って、毎日参考書や過去問と向き合い、志望校合格に向けて模試で判定受け、結果を見ては凹み、日中頭がガクってなるくらい寝る時間を削って猛勉強。

お風呂の中でも勉強していて、何度か溺れそうになり、母を心配させていました(笑)

ゴールが大学合格になってしまっている

私はこういう話しは本当にたくさんの人の勇気になるし、大好きです。でも、なんかやっぱり日本の教育の仕組みって勿体ないよな~と思ったのが、大学合格が「ゴール」になってしまっているような気がするところでした。

私も受験勉強中は、大学に入ることが「目標」だったので、ゴールテープ切った瞬間から、猛勉強の反動もあり、目の前の楽しいことばかりやってました。

それはそれで楽しかったし、良い思い出ですが、今度は「就職活動」という場面で急にまた「内定」という直近の「ゴール」に向かって、SPIの勉強をしたり、業界研究したり、エントリーシート書いたりするわけですね。

毎回、ゴールをすごく近いところに設定して、それをクリアするということの繰り返しでした。

でも、大学に入学した先や会社に就職した先にもっともっと長い人生が待っているんですよね。そこでは、学校で教えてくれたことは、実際ほとんど役に立たない(笑)

もっと、「人生の目的」や「人生のゴール」を先に子どもに描いてもらって、そこから逆算して大学を選んだり、仕事を選んだりするような指導ができたら、より早く子どもの才能や可能性を引き出してあげられるのではないかなと思います。

ちなみに、ビリギャルの坪田先生の1対1で、子どものやる気の引き出し方は本当に素晴らしい!と思いました。でも、志望大学を決める時は、え?なんで慶応?そして学部はなぜそこ?って感じで理由はあまりなかった気がします。(本読んだらもしかしたらもう少しちゃんと描かれているのかもしれません。)

私は、30歳を過ぎてやっと自分がやりたいことが見えてきたけれど、自分の子どもにはもっと早くやりたいことが見つけられるような教育環境を提供してあげたいな~と思います。

あ、もし「まだやりたいこと見つかってない!」という方、大人になってからでも全然遅くないです。私も、気づいたのは最近ですから(笑)もし、キャリアのことで悩みがあるようでしたら、ぜひぜひ一度お試しセッションにいらしてください。

10日間でフリーランスとして活躍する能力を掘り起こす方法

アメリカから帰国後の日本小学校の衝撃(文化やコミュニケーションの違い)

こんにちは、前回これまでにアメリカで受けてきた教育について色々と記憶をたどりながら書いてみたのですが、今回は、私が日本に帰国してからの日本の小学校の話しを書いてみます。

一応、前回の記事は「モンテッソーリから現地日本人学校までアメリカで受けた幼少期の教育」ですので、最初から読みたいという方はこちらからどうぞ!

モンテッソーリから現地日本人学校までアメリカで受けた幼少期の教育

日本の小学校はなぜ男女ペアで座らされるのか?

アメリカでは9月はじまりなので、小学校3年生が終わりこれからお休み!というタイミングで日本に帰ってきたら、日本は、まだ3年生の2学期が始まったばかりということで、私は小学校3年生の期間が人より長かったことになりますね~時差みたい(笑) “アメリカから帰国後の日本小学校の衝撃(文化やコミュニケーションの違い)” の続きを読む

10日間でフリーランスとして活躍する能力を掘り起こす方法

モンテッソーリから現地日本人学校までアメリカで受けた幼少期の教育

こんにちは、息子が歩きだしました~!キャリアアドバイザーの白木賀南子です。

子どもができてからというもの、子どもの教育に関して自分事としてかなり気になり始めています。実は前から、子どもの教育に関することを何かやりたいなと思っていたのですが、そもそも私がなぜ、子どもの教育に関する活動をしたいと思ったかというと、幼少期にアメリカと日本で違う教育を受けた経験に端を発していると思われます。

アメリカの中でも違ったし、日本に来てからはもっと違った!
悔しいことや悲しいこともいっぱいあって、その時は子どもながらに必死に生きていたけど、大人になって客観的に自分のことを観察することができるようになってその違いが分かってきたのでしょう。

もっと子どもたちが自由に、自分らしく成長するにはどうすればよいのか、私なりの仮説が立てられるようになってきたのだと感じます。

今日は、ちょっとそれぞれの学校で覚えていることをまとめてみたいと思います。私の幼少期の写真付き(笑)

アメリカのモンテッソーリ教育

最近日本でも流行り?というか注目を集めてきたモンテッソーリ教育。私は4歳~6歳くらいまでアメリカでスクールに通っていました。先生は、スリランカ人の先生たち。勉強する!というよりも、先生のピアノに合わせて歌を歌ったり、もっと小さい子たちのお世話をして一緒に遊んだり、ダンスの発表会があったり、なんか自由に遊ばせてもらっていたという記憶が強いです。

でも、よく覚えているのが、ボタンを留める遊具や、ちょうちょ結びを練習する遊具といった「生活に必要な技術を習得するための遊具」がたくさんあった記憶があります。

全然関係ないのですが、ミセス・ランジェニーという先生がいつもピアノを弾いてくれていたのですが、とにかく勿体ない精神を日本人より持っているのでは!?という方で、ティッシュペーパーを何度も同じのを使っていたな~っていう記憶と、「賀南子、カップヌードルを電子レンジで作ってくれる?」と頼まれて、「え?カップヌードルってお湯入れるんじゃなくて、水と電子レンジでもできるの!?」と子どもの時に思った記憶が一番強いです(笑)

でもでも、一番大事なのは、私はこの時、ノンストレスでとっても誰とも比較することなく、自分らしく楽しく過ごしていたということですね~

アメリカの公立小学校

小学生になり、私はロサンゼルスの現地校に行くことになりました。数年後には日本に帰国することが分かっていたからなのか、私だけが現地校に行き、妹はそのままモンテッソーリスクールに通い続けることになりました。

アメリカの現地校はとっても楽しかったです。お友達は、アメリカ人、韓国人、中国人、メキシコ人、色んな国の子がいましたが、子どもにとってはそれは全然関係なく、英語で意思の疎通が図れている限りみんな「英語をしゃべる友達」程度のくくりで、ロサンゼルスだったからか差別も全然ありませんでした。

一番仲良しだった子は、韓国人の女の子で、私の初恋の相手もそういえば韓国人の男の子だったな~(フィリップっていうんです♡心がイケメンだった。)

山の中にある学校だったからか校舎はけっこう広くて、お昼はランチボックスを持っていくか、カフェテリアで買って食べる方式でした。うちは、おにぎりや卵サンドをよく持たせてもらいました。
(ストロベリージャムとピーナッツバターのサンドイッチを周りの子はみんなよく食べていたけど、私には美味しさがわからなかった・・・)

授業はそんなに難しかった記憶はないのですが、教科書は全部学校に置いて行っていたので、ランドセルとかはなく、普通に私服&好きなリュックで登下校していました。(日本の小学生の教科書持ち帰りが大変で腰痛になる問題があると思いますが、アメリカではなかったです。)

授業内での発言は、けっこうしていましたね。みんな、人前で発言することが多かったです。全校生徒の前で読書感想文を読む機会が順番に回ってくることもあり、それも抵抗なく楽しんでやっていました

↓本のキャラクターになりきって(主人公のお人形も持って!)発表する私



先生の生徒への関わり方もけっこう自由で、3年生の時に掛け算のテストがあったのですが、全問クリアすると先生がハンバーガーショップに連れて行ってくれるというご褒美がついてました。ミセス・ピアスが私とブライアンという子を一緒にJack In The Boxというお店に連れて行ってくれたことを覚えています!(日本では考えられないですよね!?)

そうそう、この頃に日本から日本人の男の子が私のクラスに転校してきました。英語がほとんどできなかったので、私はよく一緒に遊んでいたのですが、アメリカの学校の良いところは、英語ができない子には、特別に英語のクラスが用意されています。なので、時々その子も別の授業を受けに行くんですね。

その子がスゴイ!と思ったのが、掛け算のテストを解くスピード!!
日本には「九九」がありますが、アメリカにはなかったので、その子はスラスラスラーっと掛け算を解いていて、私はびっくりした記憶があります。

どうやってやっているの!?と聞いたら、「九九」のことを教えてくれました。
その時、「わー日本ってすごいな!」と純粋に思いました(笑)

モンテッソーリとの違いとしてハッキリ覚えているのが、妹との違いでした。
公立校が一斉に授業をやるのに対し、モンテッソーリはその子に合わせてレベルを変えているようで、うちの妹はいつの間にか、アメリカ50州全部を暗記し、南アメリカの国も全部言えるようになっていました!

こういうのって親に見せると「すごーーい!!」ってなりますよね~。
なので、私はその時、めちゃくちゃ嫉妬した記憶があります。
「いいなー!私も自分のレベルに合わせて授業やりたい!やればできるもん!」と思ってました。

アメリカの日本人学校

土曜日は、朝日学園という日本人学校に通っていました。日本に帰国が決まっていたので、うちの両親が日本語の勉強のために通わせてくれていたのでした。

もちろん、クラスのほとんどが日本人の子で授業も漢字の勉強などをやります。

アメリカの学校には体育がありません。P.E.(Physical Education)という運動(ほぼ遊び?)の時間はあるのですが、体育という感じでみんなで同じ運動をする授業はなかったです。なので、運動会というのも日本独自だと思います!

朝日学園で初めて、鉢巻を巻いて運動会をやりました。家族みんなでお弁当を食べるというのもこの時初めてだったかもしれません。楽しいですよね。私は運動会好きです。今日本では、親のお弁当作りの負担を考えて、午前中だけで運動会を終わらせる風潮があるようですが、なんか違う気がするんですよね。
子どもは、「みんなで一緒にご飯を食べる」のが好きだし、楽しみなのであって、別にそれが、おにぎりだけ簡単に作ったお弁当だっていいし、どうしても時間ないなら買ってきたのを弁当箱に詰めたっていいと思うんですよね。

そうだ、この時えらくショックだったのが、漢字の書き順について先生に指摘をされたことでした。「え、書き順とかあるの?」と思ったんですね。同じ形になってればいいんじゃないの!?って(笑)その時指摘されたのは、「姉」という字の右側の「市」という字の書き順。上から下に向かって、1本線を引いてたんですよね。正直、「めんどくさ!」って思いましたし、クラスみんなの前で言われたからなんかショックだった(笑)書き順のテストって今もあるんですかね~あんまり意味ない気がするけど、″正しい日本語″としてはやっぱり重要なのかな。


日本の小学校

アメリカでは9月はじまりなので、小学校3年生が終わる頃に日本に帰ってきました。日本では、まだ3年生の2学期が始まったばかりだったので、転校生だけでも珍しいのに「異国からきた!」って感じでしたね。

ここから、いよいよ私の窮屈スクールライフが始まるわけです(笑)

が、ちょっと時間がなくなってきたので、この続きはまた明日書こうと思います!

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