こんにちは、息子が歩きだしました~!キャリアアドバイザーの白木賀南子です。

子どもができてからというもの、子どもの教育に関して自分事としてかなり気になり始めています。実は前から、子どもの教育に関することを何かやりたいなと思っていたのですが、そもそも私がなぜ、子どもの教育に関する活動をしたいと思ったかというと、幼少期にアメリカと日本で違う教育を受けた経験に端を発していると思われます。

アメリカの中でも違ったし、日本に来てからはもっと違った!
悔しいことや悲しいこともいっぱいあって、その時は子どもながらに必死に生きていたけど、大人になって客観的に自分のことを観察することができるようになってその違いが分かってきたのでしょう。

もっと子どもたちが自由に、自分らしく成長するにはどうすればよいのか、私なりの仮説が立てられるようになってきたのだと感じます。

今日は、ちょっとそれぞれの学校で覚えていることをまとめてみたいと思います。私の幼少期の写真付き(笑)

アメリカのモンテッソーリ教育

最近日本でも流行り?というか注目を集めてきたモンテッソーリ教育。私は4歳~6歳くらいまでアメリカでスクールに通っていました。先生は、スリランカ人の先生たち。勉強する!というよりも、先生のピアノに合わせて歌を歌ったり、もっと小さい子たちのお世話をして一緒に遊んだり、ダンスの発表会があったり、なんか自由に遊ばせてもらっていたという記憶が強いです。

でも、よく覚えているのが、ボタンを留める遊具や、ちょうちょ結びを練習する遊具といった「生活に必要な技術を習得するための遊具」がたくさんあった記憶があります。

全然関係ないのですが、ミセス・ランジェニーという先生がいつもピアノを弾いてくれていたのですが、とにかく勿体ない精神を日本人より持っているのでは!?という方で、ティッシュペーパーを何度も同じのを使っていたな~っていう記憶と、「賀南子、カップヌードルを電子レンジで作ってくれる?」と頼まれて、「え?カップヌードルってお湯入れるんじゃなくて、水と電子レンジでもできるの!?」と子どもの時に思った記憶が一番強いです(笑)

でもでも、一番大事なのは、私はこの時、ノンストレスでとっても誰とも比較することなく、自分らしく楽しく過ごしていたということですね~

アメリカの公立小学校

小学生になり、私はロサンゼルスの現地校に行くことになりました。数年後には日本に帰国することが分かっていたからなのか、私だけが現地校に行き、妹はそのままモンテッソーリスクールに通い続けることになりました。

アメリカの現地校はとっても楽しかったです。お友達は、アメリカ人、韓国人、中国人、メキシコ人、色んな国の子がいましたが、子どもにとってはそれは全然関係なく、英語で意思の疎通が図れている限りみんな「英語をしゃべる友達」程度のくくりで、ロサンゼルスだったからか差別も全然ありませんでした。

一番仲良しだった子は、韓国人の女の子で、私の初恋の相手もそういえば韓国人の男の子だったな~(フィリップっていうんです♡心がイケメンだった。)

山の中にある学校だったからか校舎はけっこう広くて、お昼はランチボックスを持っていくか、カフェテリアで買って食べる方式でした。うちは、おにぎりや卵サンドをよく持たせてもらいました。
(ストロベリージャムとピーナッツバターのサンドイッチを周りの子はみんなよく食べていたけど、私には美味しさがわからなかった・・・)

授業はそんなに難しかった記憶はないのですが、教科書は全部学校に置いて行っていたので、ランドセルとかはなく、普通に私服&好きなリュックで登下校していました。(日本の小学生の教科書持ち帰りが大変で腰痛になる問題があると思いますが、アメリカではなかったです。)

授業内での発言は、けっこうしていましたね。みんな、人前で発言することが多かったです。全校生徒の前で読書感想文を読む機会が順番に回ってくることもあり、それも抵抗なく楽しんでやっていました

↓本のキャラクターになりきって(主人公のお人形も持って!)発表する私



先生の生徒への関わり方もけっこう自由で、3年生の時に掛け算のテストがあったのですが、全問クリアすると先生がハンバーガーショップに連れて行ってくれるというご褒美がついてました。ミセス・ピアスが私とブライアンという子を一緒にJack In The Boxというお店に連れて行ってくれたことを覚えています!(日本では考えられないですよね!?)

そうそう、この頃に日本から日本人の男の子が私のクラスに転校してきました。英語がほとんどできなかったので、私はよく一緒に遊んでいたのですが、アメリカの学校の良いところは、英語ができない子には、特別に英語のクラスが用意されています。なので、時々その子も別の授業を受けに行くんですね。

その子がスゴイ!と思ったのが、掛け算のテストを解くスピード!!
日本には「九九」がありますが、アメリカにはなかったので、その子はスラスラスラーっと掛け算を解いていて、私はびっくりした記憶があります。

どうやってやっているの!?と聞いたら、「九九」のことを教えてくれました。
その時、「わー日本ってすごいな!」と純粋に思いました(笑)

モンテッソーリとの違いとしてハッキリ覚えているのが、妹との違いでした。
公立校が一斉に授業をやるのに対し、モンテッソーリはその子に合わせてレベルを変えているようで、うちの妹はいつの間にか、アメリカ50州全部を暗記し、南アメリカの国も全部言えるようになっていました!

こういうのって親に見せると「すごーーい!!」ってなりますよね~。
なので、私はその時、めちゃくちゃ嫉妬した記憶があります。
「いいなー!私も自分のレベルに合わせて授業やりたい!やればできるもん!」と思ってました。

アメリカの日本人学校

土曜日は、朝日学園という日本人学校に通っていました。日本に帰国が決まっていたので、うちの両親が日本語の勉強のために通わせてくれていたのでした。

もちろん、クラスのほとんどが日本人の子で授業も漢字の勉強などをやります。

アメリカの学校には体育がありません。P.E.(Physical Education)という運動(ほぼ遊び?)の時間はあるのですが、体育という感じでみんなで同じ運動をする授業はなかったです。なので、運動会というのも日本独自だと思います!

朝日学園で初めて、鉢巻を巻いて運動会をやりました。家族みんなでお弁当を食べるというのもこの時初めてだったかもしれません。楽しいですよね。私は運動会好きです。今日本では、親のお弁当作りの負担を考えて、午前中だけで運動会を終わらせる風潮があるようですが、なんか違う気がするんですよね。
子どもは、「みんなで一緒にご飯を食べる」のが好きだし、楽しみなのであって、別にそれが、おにぎりだけ簡単に作ったお弁当だっていいし、どうしても時間ないなら買ってきたのを弁当箱に詰めたっていいと思うんですよね。

そうだ、この時えらくショックだったのが、漢字の書き順について先生に指摘をされたことでした。「え、書き順とかあるの?」と思ったんですね。同じ形になってればいいんじゃないの!?って(笑)その時指摘されたのは、「姉」という字の右側の「市」という字の書き順。上から下に向かって、1本線を引いてたんですよね。正直、「めんどくさ!」って思いましたし、クラスみんなの前で言われたからなんかショックだった(笑)書き順のテストって今もあるんですかね~あんまり意味ない気がするけど、″正しい日本語″としてはやっぱり重要なのかな。


日本の小学校

アメリカでは9月はじまりなので、小学校3年生が終わる頃に日本に帰ってきました。日本では、まだ3年生の2学期が始まったばかりだったので、転校生だけでも珍しいのに「異国からきた!」って感じでしたね。

ここから、いよいよ私の窮屈スクールライフが始まるわけです(笑)

が、ちょっと時間がなくなってきたので、この続きはまた明日書こうと思います!