日本語とアメリカ英語の広告表現を比較した研究では、米国の広告は競合との比較や具体的な数字を用いた誇張・強調表現の使用頻度が高い一方、日本語の広告ではそうした表現が抑えられる傾向があることが指摘されています。
前回の記事では、北米で日本製品が「伝わらない」理由を、市場そのものではなく「伝え方」の問題として整理しました。今回はその「伝え方」を、実務でよく見かける3つの具体的な「壁」に分解して見ていきます。
具体的に、日本企業が英語での発信でよくつまずくのは次の3つです。
• 壁①:比較や数字を避ける発信スタイル
• 壁②:「察してもらう」前提で、言い切らない説明
• 壁③:企業を主語にした関係性・ストーリーの語り方
それぞれ詳しく解説していきます。

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「比較しない」「誇張しない」という日本語的な発信スタイル
広告表現を国際比較する研究では、日本は集団主義的な文化背景から、競合他社を否定して和を乱すような比較広告が好まれにくいことが指摘されています。一方、アメリカでは、自社製品の優位性を競合と直接比較しながら明確に打ち出す表現が一般的です。
実際に日米の広告キャッチフレーズを比較した論文でも、米国の広告は強調・誇張の技法や競合との比較表現の使用頻度が高いことが確認されています。
この差は、そのまま製品の伝え方にも表れます。日本企業の資料や商品説明では「業界トップクラスの品質」「高い評価をいただいております」といった、控えめで角の立たない表現が好まれがちです。
しかし北米の顧客にとって、具体的な数字や比較のない主張は「根拠が薄い」「自信がないのでは」と受け取られてしまうことがあります。謙虚さのつもりの表現が、そのまま説得力の弱さとして伝わってしまう、というのがこの壁の正体です。
ここで誤解しやすいのは、これが法律の問題ではないという点です。
日本の景品表示法は、比較そのものを禁止しているわけではなく、根拠のない優良性の主張を規制しているにすぎません。
客観的な実証や正確な引用、公正な比較方法という条件を満たせば、比較広告自体は適法です。
一方、北米のFTC(連邦取引委員会)も、真実で誤解を招かない比較広告はむしろ消費者に有益な情報として積極的に容認しています。
つまり法律上の許容度はどちらも大きくは変わらず、違うのは「比較を避けたほうが無難だ」という日本側の社会的な慣習・肌感覚のほうと考えられます。
「言わなくても伝わるはず」という前提は北米で通用するのか?
文化人類学者エドワード・T・ホールが提唱した「高コンテクスト文化・低コンテクスト文化」という概念は、日本語的なコミュニケーションと英語的なコミュニケーションの違いを説明する枠組みとしてよく引用されます。
高コンテクスト文化では、言葉そのものより文脈や関係性から意味を読み取ることが期待され、
低コンテクスト文化では、言葉そのものに明確な情報が込められていることが期待される、という整理です。
日本語の商品説明は「行間を読んでもらう」ことを前提に、丁寧な説明を積み重ねる書き方も多く、
一方で北米の消費者やバイヤーは、パッケージや資料を数秒〜数十秒しか見ない前提で作られたコミュニケーションに慣れています。
だからこそ、何が優れているのか、何が違うのかを、最初の一文で言い切ることが求められます。「察してもらう」前提の説明は、忙しい相手の前では最後まで読まれずに終わってしまいます。
また、日本人の間で共有している感覚のようなものがありますが、北米は様々な人種がおり、共有している感覚が少ないので端的に伝える必要があるというのも、違いと一つと考えられます。
「企業」が主語の関係性語りという壁
日本企業の会社案内や商品ページでは、創業からの歴史、職人の技術、長年にわたる取引先との信頼関係といった「関係性」や「積み重ね」を語る表現がよく使われます。
これは、集団としての実績や誠実さを重んじる文化的背景と結びついた、日本語では自然な訴求方法です。
しかし北米の消費者が知りたいのは、多くの場合「それが自分にとって何をもたらすか」という、より個人的で直接的な便益(ベネフィット)です。企業を主語にした歴史や想いは、信頼形成には役立っても、購買の決め手そのものにはなりにくいのです。
一方で、近年北米で効果を上げているBehind the Scenesの投稿やインフルエンサーによる使用シーンの紹介は、一見すると「関係性」に近いようで、実は性質が異なります。
これらは企業ではなく個人を主語にした「証拠・実例」です。「この人が実際に使って、こうだった」という具体性は、壁①で見た数字や比較と同じように、主張を裏付ける役割を果たしています。
つまり北米の読み手が求めているのは関係性そのものではなく、個人を通じた検証可能な証明であり、壁③の本質は「関係性を語るな」ではなく「関係性を語るなら、企業ではなく使う人・作る人という個人を主語に据える」という点にあります。
ここでもう一つ誤解しやすいのは、北米がストーリーテリングを軽視しているわけではないという点です。
むしろ北米のマーケティングでは、ブランドストーリーは非常に重視されます。違うのは「ストーリーをどこに置くか」という順番です。
北米で広く使われるStoryBrandというフレームワークでは、顧客自身を物語の主人公とし、企業は顧客の課題を理解して導く「ガイド役」として、顧客の課題が明確になった後の段階で登場します。
企業の想いや歴史は、信頼を補強する要素として中盤以降に置かれるのが基本形です。
一方、日本語の発信は冒頭から創業の想いや職人の技術を語り、顧客の課題や便益への言及がその後、あるいは省略されがちです。
同じ「ストーリーを語る」行為でも、それを冒頭に置くか、顧客の課題を示した後に置くかで、読み手の受け取り方は大きく変わります。
結果として、企業を主語にした「誠実に、丁寧に説明した」つもりの発信は、読み手には「結局この製品は自分にとって何が良いのか分からない」という印象を残してしまいます。
関係性やストーリーを語ること自体が悪いのではなく、誰を主語にするか、そしてそれをどの順番で語るかが、北米の読み手に届くかどうかの分かれ目になります。
では、この3つの壁をどう越えればいいのか?
3つの壁に共通するのは、どれも「翻訳」では解決しないという点です。
日本語の文章を丁寧に英語に置き換えても、控えめな表現は控えめなまま、行間に込めた意図は行間に留まったまま、関係性を軸にした構成は関係性を軸にした構成のまま英語になるだけです。
必要なのは言葉の変換ではなく、何を最初に言い切るか、どこで数字や比較を使うか、誰の便益を主語にするかという、メッセージの「設計」そのものを見直すことです。
自社の発信を見直したい、現状の資料やページがどう読まれているか確認したいなど、ご要望に応じて対応可能ですので、気軽にお問い合わせください。
参考文献・データ出典
- 杉谷陽子「広告への好意度の国際比較研究〜ズームイン/ズームアウト型認知と広告表現〜」
https://www.yhmf.jp/.assets/常勤_6_杉谷-陽子.pdf - 西澤卓弥「広告キャッチフレーズにおける日米語比較研究」
https://www.juntendo.ac.jp/assets/maneka_20161213130.pdf - McKay-Semmler, K.「High- and Low-Context Cultures」The International Encyclopedia of Intercultural Communication, Wiley(エドワード・T・ホール『文化を超えて』1976年の理論紹介、およびCardon (2008)による実証研究批判の紹介を含む)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/9781118783665.ieicc0106 - 消費者庁「比較広告に関する景品表示法上の考え方」(昭和62年公正取引委員会事務局、平成28年改正)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_37.pdf - Federal Trade Commission「Statement of Policy Regarding Comparative Advertising」
https://www.ftc.gov/legal-library/browse/statement-policy-regarding-comparative-advertising - Donald Miller「Building a StoryBrand」提唱のStoryBrand 7-Part Framework(顧客を主人公、企業をガイド役とする物語構造)
https://storybrand.com/

