5月に入り、爽やかな日が続くバンクーバー。
現在、バンクーバーの浄水器メーカーでプロダクト開発をしているのですが、先日、プロダクトチームの会議で、説明書の設計についての議論が白熱しました。私が提案した「クイックスタートガイド+詳細ブックレット」の2点構成は、CEOからすぐに却下されてしまいました。そのひと言が、今回の記事のすべての出発点です。

CEOからのひと言
私の提案はこうでした。製品を開箱した瞬間にすぐ使えるよう、セットアップ手順だけを載せた「クイックスタートガイド」を1枚用意する。そして、フィルター交換などのメンテナンス情報や保証などの詳細は、別途ブックレットにまとめる。2種類の紙を同梱することで、ユーザーが必要な情報に即座にアクセスできると思っていました。
CEOの反応は明快でした。「2枚も3枚もあると、どれを見ればいいか迷う。1枚にまとめるべきだ」。一瞬、制約に感じましたが、すぐに納得しました。ユーザーが箱を開けた瞬間、複数の紙が出てきたら、それだけで「どれを読めば?」という小さなストレスが生まれます。その感情は、まだ製品を使い始める前に起きる。それは避けなければなりません。
こうして「1枚で完結する説明書」という方針が固まりました。形式としては、三つ折り(トライフォールド)やZ折りなど、広げると全体が見渡せるタイプが候補に挙がっています。折りたたまれた状態ではコンパクトで、広げると必要な情報がすべてそこにあるという体験設計です。
「何をいつ届けるか」がすべてを決める
説明書の設計で最も重要なのは、情報の「優先順位」です。では、何を基準に優先順位をつけるのか。答えはシンプルで、ユーザーがいつその情報を必要とするか、という時間軸です。
私たちが開発している製品はウォーターフィルターです。ユーザーの体験を時間軸で整理すると、大きく2つのフェーズに分かれます。
- セットアップフェーズ(開封直後)——製品を箱から出し、初めて使えるようにする。本体の設置、初回フィルターの取り付け、コンディショニング作業など。このフェーズは、購入したその日に発生します。
- メンテナンスフェーズ(数週間〜数カ月後)——フィルターを定期的に交換し、製品を最良の状態に保つ。こちらは、初回セットアップから数カ月後に初めて必要になる情報です。
この2つのフェーズは、時間的に完全に分離されています。それにもかかわらず、多くの説明書はこの情報を同列に扱い、ユーザーに「いま必要な情報」と「あとで必要な情報」を自分で判断させています。
ユーザーが開封直後に求めているのは、「いますぐ使い始めるために、何をすればいいか」だけです。フィルター交換の手順は、その瞬間には不要な情報です。むしろ目に入ることで、「難しそう」「管理が大変そう」というネガティブな印象を与えかねません。
1枚に収めるための構造設計
「1枚で完結させる」という制約は、むしろ設計を研ぎ澄ます好機でした。トライフォールドの各パネルに役割を与えることで、ユーザーの時間軸に沿った情報設計が可能になります。
- 表面)——クイックスタート。番号付きのビジュアル手順(図解)のみ。セットアップに絞り、文字より絵で伝えることを優先する。
- 裏面——フィルター交換サイクル、よくある質問(FAQ)、カスタマーサポート連絡先、フィルターのリサイクル方法、動画への二次元コードなど
ポイントは、表面の見開き全体をセットアップ専用スペースとして使うことです。広げた瞬間、ユーザーの視野に入るのはセットアップ手順だけ。メンテナンス情報は裏面に配置することで、「いつか必要になったとき」に自然に参照できる構造になります。
FAQはサポートコスト削減だけではない
FAQをマニュアルに組み込む意義は、カスタマーサポートへの問い合わせ数を減らすコスト削減だけではありません。より本質的な目的は、ユーザーが詰まった瞬間に、一人で解決できるという体験を提供することです。
カスタマーサポートへの連絡は、ユーザーにとって「失敗した」という感覚を伴います。どれほど丁寧に対応しても、そのネガティブな感情を完全に消すことはできません。よく設計されたFAQは、その体験そのものを未然に防ぐことができます。
これを「全製品の標準」にする意味
今回の議論で最終的に目指しているのは、説明書の設計フレームワークをすべての製品に適用できる形で整備することです。製品ごとに一から考えるのではなく、「ユーザー体験の時間軸に沿って情報を分類し、最初の瞬間に必要なものだけを正面に出す」という設計思想を標準化する。
製品が増えるほど、この一貫性が効いてきます。ユーザーはどの製品を購入しても、同じ安心感で開封できる。それはブランドへの信頼の積み重ねでもあります。
「1枚にまとめろ」というCEOのフィードバックは、最初は制約に聞こえました。でも実際には、それがユーザーの体験を設計するうえで最も本質的な問いを突きつけていました——「ユーザーはその瞬間、本当に何を必要としているのか?」
説明書は、製品と人をつなぐ最初の接点です。その設計を丁寧に考えることが、ブランドとしての誠実さだと、改めて感じた一日でした。
説明書は単なる資料ではなく、ユーザー体験の一つ。ユーザーの気持ちになり、感情に寄り添って作成すると良いものができると信じています。

