カナダに来て何年も経つのに、いまだに「なんだこれは!?」と思う瞬間があります。

スーパーで買ってきた商品のパッケージが、なかなか開かない。ミシン目を引っ張ると途中でちぎれる。ハサミを使わないとパッケージが開かない。

些細なことではあるのですが、そのたびに思うのです。「日本のパッケージなら、ここに切り口があって、こう開くようになっていたよな」と。

またカナダはバイリンガル表記が義務付けられており、英語とフランス語の両方をパッケージ記載しなければならないので、情報量が多すぎて、本当にデザイナー泣かせです。


パッケージを、毎日考えている

実は最近、仕事の中でパッケージについて考えない日がないくらい向き合っています。担当しているプレミアムな新商品のパッケージを、デザイナーや社内のチームと一緒に設計している真っ最中なのです。

素材やパッケージの設計はもちろん、フロントパネル載せる情報の優先順位、サイドパネルで語られるべき情報。決めることは山のようにあって、毎日のようにやりとりを重ねています。そうした実務の中で、改めて考えるようになったことがあります。

パッケージって、いったい何のためにあるのだろう?


DTCと店舗では、“戦場”が違う

今はDTC(Direct to Consumer)、つまり自社ECやオンラインで直接消費者に売るブランドも多く、パッケージの役割もそれに合わせて変化しています。特にアメリカやカナダは国土も広いことから、オンラインで商品を買うのは当たり前。Amazonのようなマーケットプレイスもありますが、自社ECを持っている企業が多いです。

オンラインで商品を買うとき、消費者はすでに検索をして、ページを読んで、レビューを確認して、写真を複数枚見たうえで「買う」ボタンを押します。商品説明、動画、比較表——情報の補助線がたくさんある中での購買決定です。

でも、小売店の棚の前に立つとき、状況はまったく違います。

ズラリと並ぶ商品の中から、消費者はほんの数秒で視線を走らせ、気になったものを手に取る。その前後に読める情報は、目の前のパッケージだけ。ウェブページも、レビューも、動画もありません。

その瞬間、パッケージは唯一の営業担当者になります。話すことも、説明を加えることも、質問に答えることもできない、完全に無言の営業マンです。

もちろんその後にインターネットで検索するという行動はあるとしても、最初に目を引くのはパッケージの正面のパネルです。


「無言の営業マン」から色が消えた日

ちょうどこの記事を書いている今、日本ではカルビーのポテトチップスが白黒パッケージになるというニュースが話題になっています。中東情勢の緊迫化によるナフサ不足で、カラー印刷用インクの原料が入手困難になったことが背景で、SNSでは「潔い」「斬新」という声がある一方、「お葬式っぽい」「食品としての良さが伝わらない」という声も相次ぎました。

この反応、「気のせい」でも「感情論」でもないと私は思います。

食品科学の研究によれば、色と味は脳の中で自動的に結びついています。カルビーのポテトチップスが長年まとってきたオレンジや黄色の暖色系は、「おいしそう」という連想を無意識のうちに引き起こしていた。それが白黒になった瞬間、その働きは消えてしまうのです。

バンクーバーにてスーパーの商品棚

ただ、色がパッケージで担っている役割は、食品の「味覚の想起」だけではありません。ジャンルが違えば、色が伝える情報も変わります。

化粧品では、色がブランドのコンセプトを瞬時に伝えます。黒は高級感、パステルは親しみやすさや若さ、白とゴールドの組み合わせはエイジングケアのイメージ——消費者は文字を読む前に、色からすでにブランドの「立ち位置」を読み取っています。サプリや医薬品では、緑や青が「自然」「安心」「鎮静」を想起させ、信頼感の形成に働きます。家電やテクノロジー製品では、色がターゲット層や価格帯のシグナルになることもあります。

ナチュラルマーケットWhole Foodsの化粧品棚

つまり、色はパッケージの「読む情報」ではなく「感じる情報」です。棚の前のわずか数秒で、消費者は文字より先に色を処理している。カルビーの騒動は、私たちがふだん意識せずに色から受け取っている情報量の大きさを、あらためて可視化してくれた出来事だったと思います。


棚の前で起きていること

では実際に、消費者は棚の前でどのような行動をしているのか。消費者行動の研究によれば、購買決定の約76%は店頭で行われているといいます。事前にブランドを知っていたとしても、「これを買う」という最終判断は、棚の前でなされることがほとんどなのです。

さらに、アイトラッキング(視線計測)の研究では、消費者がある商品に視線を向けてから手に取るかどうかを判断するまでの時間は、わずか3〜7秒だとわかっています。その短い時間に脳が処理できる情報は、ブランド名・商品名・主要なキャッチコピー・視覚的な印象、という3〜4要素が限界です。

つまり、前面に書かれていない情報は、そもそも拾われない。

さらに面白いのが、「新しいブランドと、すでに知られているブランドでは、求められる情報量が違う」という研究結果です。AppleやDysonのような認知度の高いブランドは、パッケージに多くを書かなくても、消費者の記憶が補ってくれます。実際、最近AppleのMac miniのパッケージを手にしたのですが、写真と製品名しかありませんでした。

Appleみたいにシンプルにカッコよくしたい!でも、まだ認知されていない新しいブランドは、同じ棚での競争力を持つために、25〜40%多くの情報を前面に出す必要があるといわれています。

「シンプルなパッケージ=プレミアム」という等式は、ブランドの認知度があってこそ成り立つもの。ミニマリズムは、認知を積み重ねたブランドだけに許される”特権”なのかもしれません。


パッケージが3秒で答えるべき3つの問い

この研究を知ってから、私が商品開発の現場でチームと議論するときに意識するようになったフレームがあります。

「これは何か?」「何が違うのか?」「手に取る価値があるか?」

たった3秒で、パッケージはこの三つの問いに答えなければなりません。

また、情報だけでなく、素材や仕上げも重要な役割を担っています。マットな質感、重みのある紙、エンボス加工——こうした要素は、消費者が意識せずとも「これは上質なものだ」という印象を与えます(これを「ハロー効果」と呼びます)。特にプレミアムな価格帯の商品において、パッケージの手触りや見た目は、「この値段を払う価値があるか」という判断に直結するのです。

デザイナーとやりとりする中でよく出てくるのが「どこまで情報を削るか」という議論ですが、私はこの研究を踏まえると、「削る」より「優先順位をつける」という言葉の方が正確だと思っています。


日本のパッケージが、答えを持っていたかもしれない

カナダのパッケージが開けにくいとか、情報が少ないと感じることがある一方で、日本のパッケージはなぜあんなにも丁寧なのか。

もちろん「日本人の几帳面さ」という話にすることもできますが、私は少し違う見方をするようになりました。日本の製造業やメーカーは長年、店頭で消費者に選ばれることを徹底的に考え抜いてきた文化があります。ミシン目の位置、開封体験の設計、前面に何を書くかの取捨選択——それは単なる”丁寧さ”ではなく、棚の前の3秒を勝ち抜くための戦略だったのかもしれません。

パッケージは、商品の顔であり、最初の接点であり、そして最後の営業担当者です。

日々の仕事の中でパッケージと向き合いながら、そんなことを考えています。