長男はもともと、社交的というかお調子者というか、どこに行っても目立つ存在だった。日本ではその明るさのおかげで、大人からも子どもからも好かれていた。でも、それが時に「やりすぎ」だと煙たがれることもあった。電車で隣の人に話しかけたり、エレベーターで「どこ行くの?」なんて声をかけたりすると、大抵の日本人は困った顔をする。
ところが、カナダでは違った。ここでは、彼のような「話しかける人」が自然に受け入れられる。返ってくるのは笑顔と「Hi! How are you?」という挨拶。それだけで、この国が彼に合っていると感じる。英語で性格のことを「Personality」というが、「Your son has such a lovely personality」とよく言われる。「Bubbly」という形容詞もよくもらう。泡がはじけるような、元気で明るい、そんな意味らしい。
それでも、2年前にカナダに来たばかりの長男が、キンダーガーデンの初日に泣いていた姿は今も鮮明に覚えている。日本で英語教育を一切していなかったから、彼は完全な「0ベース」で英語の環境に飛び込んだ。日本語なら何でも言えるのに、英語では何もわからない。何を言われているのかも、何を言いたいのかも、伝える術がなかった。
夫と私は、泣きじゃくる長男を見送りながら、不安で胸が張り裂けそうだった。「これは正しい選択なのか?」。将来のことを考えて、より良い環境を求めてやってきたけれど、嫌がる子どもを無理やり異国に連れてきて本当に良かったのだろうか。祖父母や従兄弟と離れ離れになる生活を選んでしまったことに、罪悪感が押し寄せてきた。
それでも、私たち親も、そして子どもたちも、必死に頑張ったと思う。泣いて学校に通った長男も、1週間後には「友達ができた」「学校が楽しい」と笑顔を見せてくれた。2年経った今では、英語で自分の意見をスラスラと言えるようになり、夫の通訳までこなしてくれる。
もちろん、完璧ではない。読み書きがまだ苦手で、公文の宿題を泣きながらやる日もある。でも、総じて長男は幸せそうだ。次男と三男も、家では日本語、外では英語という環境で育っていて、とりあえずバイリンガルへの下地はできつつあるように思う。
3人とも社交的で、それが救いだ。そして、この国がその性格を受け入れ、のびのびと育ててくれることが、何よりも嬉しい。学力面では少し心配もある。宿題が禁止されているので、学校だけでは十分なのか疑問に思うこともある。でも、子どもの頃は遊ぶことが大事だと私は思う。塾や英会話が習い事の1番になっている日本の状況は、やっぱりどこか変だ。
カナダに来て、子どもたちの成長を見守りながら思うのは、何よりも「のびのび育つ」ことの大切さだ。泡がはじけるような、明るく弾けた日々を送る彼らの姿を見ていると、どんなに不安だった過去も報われる気がする。彼らの未来がさらに大きな泡となって、世界に広がっていくのを楽しみにしている。