バンクーバーも春めいていい季節になってきた。7時半でもまだまだ明るい。9時でもまだそこそこ明るい。
そして、子どもたちをやっとこさ寝かしつけた夜に限って、やってくるのだ。
「ピーピーピーピー!」と、容赦ない音が空気を引き裂く。
火災報知器である。
なぜ今なのだ、と怒りにも似た感情が湧く。

けれど、鳴り止まないその音に、だんだん不安が募る。
夫と顔を見合わせ、寝静まったばかりの我が子らを起こす決意をする。
我が家は、バンクーバーの隣にあるバーナビーという街の、新築の高層マンションの6階。
火災報知器が鳴るのは、実は初めてではない。
以前は明け方、誰かが誤ってボタンを押したせいで鳴り響いた。
そのときは避難もしなかったが、今回は違う。
夫が偵察に行くと、「煙い」と言う。
それだけで、身体が少し緊張する。
まだ寝ぼけ眼の子どもたちに上着と靴を履かせ、次男(4)はなんとか歩かせ、三男(2)は夫が抱っこ紐で背負う。
長男(8)はもう慣れたものだ。
途中で鉢合わせたお隣さんは言う。
「一階のパーティーでバーベキューしてただけじゃない?避難しなくていいかもよ」
いや、避難します。
子どもたちは怯えて「逃げたい」と言うし、何よりこういうのは訓練のつもりで動くに限る。
「煙を吸わないように低くね」
「口を覆って、荷物は最小限。命が優先」
「エレベーターは使わない」
そんなことを言いながら、非常階段を降りる。
こういうとき、6階でよかったと思う。
20階だったら、もう覚悟がいる。
下に着くと、すでに数十人が避難していた。
赤ちゃん連れや猫ちゃん連れ、しっかりリュックを持って出てきた人もいる。
私たちはスマホと財布と…それだけ。
そこに消防車が4台。
これは、けっこう大事かもしれないぞ、と思ったら、次男がブルブル震えながらも「しょうぼうしゃ…」と目を輝かせている。
可愛い。

ほどなくして、消防隊員が戻ってきてアラームは解除。
「ボヤでした」とのこと。
ああ、よかった。
火災報知器。
実は我が家の夕飯時にも、何度も鳴っている。
カナダのは、異様に敏感だ。
餃子を焼いただけで、「ピーピーピー!」
焼き魚でも、「ピピピピピピーーーーー!!」
そのたびに、台に乗ってパタパタ仰いで、煙をどかす。
それが一番早く鳴り止む方法だと知った。
一種のスキルである。
でも、思い出す。
あのとき、ネズミが出たキッチンの古いIHコンロに、段ボールを置いた日のこと。
火がついて、煙が上がった。
夫の機転で事なきを得たが、あの時ばかりは火災報知器の鳴き声に、心底感謝した。
カナダで暮らすというのは、火災報知器と共に暮らすということなのだ。
できればもう、鳴らないでほしい。
でも本当に必要な時だけ、ちゃんと鳴ってほしい。
そんな都合のいい願いを抱きながら、今日もまた餃子を焼く。
うちの火災報知器は、きっともうスタンバイしている。