カナダに来てからというもの、映画館は「いつか行けたらいいね」と言いながら、結局行けない場所の代表格だった。
子どもが三人いると、夫婦で映画を観るなんて、もはやクエストの難易度が高すぎる。
長男だけは例外だった。なぜか友達のお母さんに連れられて、ちゃっかり映画館を何度も経験していた。
我が家の中で唯一「カナダの映画館とはこういうものだよ」と語る資格を持つ男である。少し誇らしげで、少しうらやましくて、よくわからない感情が胸にたまる。
そんな私たち夫婦がついに映画館への扉を開く日がきた。
理由はひとつ。どうしても『鬼滅の刃 無限城編』を劇場で観たかったからだ。

2024年9月12日、カナダでも公開が始まった。
この瞬間を、私はアニメ『柱稽古編』のラストを観た日から待っていた。
ありがたいことに、アニメ好きの友人が我が家に来てくれて、子ども三人+彼女の子まで面倒を見てくれることになった。
その瞬間、「行ける」と思った。いや、「行くしかない」だった。
向かったのは近所の映画館。小さめだけど、プレミアムシートがある。せっかくなので選んでみたら、座席は広く、リクライニングもでき、背中が包まれていく感じがして、私は少しだけ「このまま寝れるかもしれない」と思った。

一方、夫は横の小さなサイドテーブルにポップコーンを置き、ひとつひとつポリポリと食べはじめた。その音が最初は妙に気になり、私は「集中したいのに」と思いながらスクリーンに目を向けた。
観客の多くは日本人ではなかったが、日本語音声で観ている人も少なくないのだろう、と感じた。
『無限城編』は世界140か国以上で展開され、北米公開初週末に約7,000万ドル(約103億円)を記録し、アニメ映画のオープニング週末興行収入としては北米史上最高となったという。
そして本編が始まる。
ストーリーは既に漫画で読み終えて知っているはずなのに、映像と音の力が胸を締めつけていく。
善逸のじいちゃんを思う静かな怒りに震える声に涙が出て、しのぶさんの戦いの美しさと儚さに圧倒され、炭治郎と義勇さんの猗窩座との死闘に心臓が止まりそうになる。
「次の映画は、きっと最初から最後まで泣きっぱなしになるのでは」と想像したとき、胸の奥が苦しくなるほどだった。
映画が終わり、席を立つとき、頭の中にはまだ鬼殺隊の足音が響いていた。
気づけば公開から1か月経っても、まだカナダの劇場で上映されている。
カナダではヒット作でも3〜4週間で上映終了することが多い中、これはかなり長いほうだ。
ここでも鬼滅は、しっかりと根づいていた。
そして私はその後、漫画を最終巻まで読み直し、車では過去の「鬼滅ラヂヲ」を聴いて笑い、Netflixで炭治郎立志編から見返し、気づけばまたこの世界に浸っていた。
次の映画がいつ公開されるのかも、そのとき私がまだカナダにいるのかも、わからない。
でも、「またあの世界に会える」ということは、それだけで今日を前向きに生きる理由になる。
ありがとう、鬼滅の刃。
ありがとう、吾峠呼世晴先生。
ありがとう、制作陣と声優さんたち。
あの暗い無限城の中で灯った光を、私はカナダの小さな劇場で確かに受け取った。

